「日本人」と「日系人」のはざまで

「以前「日本人」と「日本国民」のはざまで」という「独り言」を書いたが、「日本人」と「日系人」のはざまについて書いてみたい。

もちろん、日系人は日系アメリカ人のことであるから、単にアメリカ国籍を持つかどうかの違いかもしれない。 ただ、この国籍というのはやっかいなもんで、アメリカは二重国籍を認めるが、日本は二重国籍を認めない。 従ってアメリカから見れば日本国籍を持ったままの人にアメリカ国籍を授与できる。 しかし、日本から見るとアメリカ国籍を取得するものは日本国籍を放棄しなければならない。 従って日本人としてアメリカ国籍を取得する為には日本人であってはならないのである。 それではアメリカ人が日本国籍を取得する際にはアメリカ政府はアメリカ国籍の放棄は義務付けていないので、アメリカ国暦を留保できるはずだが、これはまた日本政府の方針で他国籍を持っている人には日本国籍を出さない。 したがって、高見山は泣く泣くアメリカ国籍を捨てて日本人になったとか・・・・・・。

ここで精神論的な「日本人」「日系人」の話。 もちろん日系人には一世、二世、三世、四世、五世がいる。 (移民が早かったハワイでは四世でもう40歳を越えている人もいるので、もしかしたら、そろそろ早婚の5世の子供六世がいるかもしれない!) 逆にオリジナルの一世はもう数えるほどしか生存しておられないかもしれない。 しかし、新一世とよばれる戦後の移民の人達がいるので、彼らが今の一世である。 従って、私も一世のはずである。

所有国籍に関係なく、ずっと自分が「日本人」であると考えている人が、いつ自分が「日系人」であることを意識するのであろうか?

実はこの変化が最近の私に起こっているのである。 その理由は子供の成長にある! 

いつの間にか子供が日系二世を意識しだした瞬間にその親は日系一世になるようである。 そして、今までは日系人コミュニティの外にいた自分に対して、そのコミュニティのドアが開放されるのを感じる。 もちろん、そのまま日本人でいたがる人も多く、ドアが開放されても中に入ろうとしない人々も多いが、私は地に足のついた帰属意識を感じるようになってきた。 ボランティア活動に初めて自発的に参加するようになったのもこの為である。